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2006年9月30日 (土)

合奏の中での自分の音のあるべき場所

今年のコンクールでやった曲を支部大会1ヶ月後に練習したときに気付いたことを少々書き連ねていきたいと思う。。

コンクールでは私は3番、練習でも暫定的に2番を吹いたことはある程度。よって私は1番は初見で、しかも私一人。他の方々はコンクールモードでさらいつくしたという演奏のクオリティが全く違う状況だった。こんな経験は勿論初体験。


衝撃的に驚いたのは、
1番Tbのところだけ、きれいに鮮明に道が空いていて、そこにしか音がはまらない

縦の線、音程はもちろんのこと
音圧、立上がり、発音、音の処理、ニュアンス、etc


少しでもまわりと合わないと浮いていしまう恐怖と


曲は知っているし、フルスコアもある程度頭に入っているので、

「空いたところへはめ込む快感」

ジグソーパズルで合うピースを苦労した上で見つけた嬉しさ

と形容すれば近いものがあります。

自分の音を「はめ込む場所」が明確に見えた瞬間である。コンクール用に練習をしているので、なおさらそう感じるのか?

今日のところは

快感の方が上回りました。某ウィンドオーケストラでは希有な経験。ていうか、初体験。

続:マルコム・ヘンリー・アーノルド死去

>彼の作品のうち私が演奏したのは唯1曲。
管弦楽組曲「第六の幸福をもたらす宿」吹奏楽編曲版全曲

あと2曲ありました。 (^_^;)
「ピータールー」
「ボギー大佐」

「ピータールー」
5回以上。1番と2番。演奏会とイベントで。1回目は一般に知られる前だった。

「ボギー大佐」
中学校時代に演奏。歩きながら吹いた。今でいう「マーチング」。オブリガートを思い切り吹いたら先生から「大きすぎ」と注意されました。(当時Euph)今だから言えるけど、「オマエ何吹いているのかわからない。」と言われムキになった時代。今でも暗譜していて、某校吹奏楽部を指導するときにデモンストレーションのつもりで吹いてみせます。間違いなく学生さんが「ポケーッ」と見てくれます。

2006年9月27日 (水)

できない言い訳を探す、できる方法を考える

某TVで某タレントが言っていた。
女性好きで有名で少々軽べつしていたが、一気に見直した。


「ズルイ人はできない言い訳を探すが、できる人はできる方法を考える。」


細部の表現については些か自信が無いが、大意は合っていると思う。


う〜ん、すばらしい。

マルコム・ヘンリー・アーノルド死去

9月23日死去。
イギリスの作曲家。
彼の作品のうち私が演奏したのは唯1曲。

それは管弦楽組曲「第六の幸福をもたらす宿」吹奏楽編曲版全曲。
1回目、演奏会で取上げたときは1番パート
2回目、コンクール自由曲として取上げたときは2番パート
をそれぞれ演奏した。Tbはなかなかキツかった記憶がある。

1番を吹いたときは自分の中ではなかなか良かった部類に入る出来だった。2楽章にあるHrとのpの絡みもうまくいった。

2番を吹いたときは唇パサパサカサカサで音はカスカスプスプス高音パリパリ・・・。録音を聴きたくないと初めて思った本番。Tbを続けていく気持ちが失せるくらい凹みました。しかし、結果は所属団体コンクール歴で最高位。講評にも褒め言葉があり、BJ誌にも好意的に書いてもらえました。私個人のコンクール歴でも最高位でした。

数年前に演奏したときは偶然にも氏の誕生日だったこともあり、意識して本番を迎えたことを想い出します。

心からご冥福をお祈りします。

2006年9月26日 (火)

Tb吹くのには体力を消耗する

ここ最近本番続きのせいか調子が良い。ジャズの打ち込みを「パキッ」と決めるには口先ではダメで、腹の底からのブレスが不可欠。ブレスが入るようになるとリップスラーも敏感に反応してくれるようになる。楽器の反応が良くなると吹いている人間も嬉しくなりまた攻めていくことができる。良いことずくめだ。1年半ほどレミントンウォームアップエクササイズをサボッてしかも毎日吹くのもサボッていたが、ここまで鳴りが悪くなっていたのが改めて自覚できた。

しかし、世の中甘くない。

甘やかした身体は正直である。
あばらのを取り巻く筋肉痛に
全身倦怠感・・・

つい2年前まではここまでなかったのに、錆び付くのは早いものだ。学生時代長い時間と労力でやっと手に入れたそこそこの技量(というにはおこがましいが)がこんなに早く錆び付きしかも普段それに気がつくこともなく過ごしていたことに気付き且つ驚いた。

ここで、「これからは反省して・・・」といかない事情が年々増えてきているし個々の事情も大きくなってきている。多忙になる仕事、1年に1つ増える年齢に伴う職場での立場、厳しい社会情勢。家庭でも高校中学とそれぞれ進級した娘達と近年手術をして3ヶ月に1度の検診が欠かせない嫁。

地元のことは今の所何もやっていないし、職場では役付きではないので何とか持っている。

所属する常設音楽団体が1つでしかも幹部役員委員等に指名されていないが、万が一役割が増えたらパンクしそうだ。
地元アマオケからは複数メンバーから熱心なお誘いをうけているが、やんわりとお断りして2〜3年に1度エキストラとしてお世話になっている。オケもやりたい衝動に駆られることも年に何回かあるが、常設団体複数に属するのはやはり厳しい。

ここままやっていく他なさそうだ。

週末本番その2(ハプニング集)

思い出すままに・・・

「スライドの中に」
「何か音がしない?」C社の銘機を操るメンバーがアップもそこそこに私の所へ。確かに息を入れただけなのに「ヒュー」と音がする。数年前とある公開レッスンで息のスピードが上がったときのデモンストレーションを見たときのことがとっさに頭に浮かんだので、私は「気にすることないよ。」と言ったのだが本人は扶に落ちない様子で首を傾げながらアップをしていた。しばらくして、クリーニングロッドを貸してくれと頼まれ貸したところ、「あった〜。ここ何か詰まっている。」スライド中をクリーニングロッドでつついて出てきたのは・・・・

W社譜面台足先のゴム!!!!

そんなもので塞がれたTb吹いていたわけね。

週末本番

楽しみにしていた本番も終了しました。
午前中練習。あてにしていた上吹き氏が急きょ欠場の為、バストロ2名以外の4人には厳しい状況になった。要は

キッチリと吹く
スタミナを切らさない

相反することを両立させなければならない。
しかも、初めてのホールなので傾向と対策がない。ステージ奥が良いのか手前が良いのか、直線に近い並びか丸くなるか、音量設定はどれくらいか。奏者同志の間隔は広い方が良いか?・・・など掴めないことが多かったが、結局年長者の提案で、
ステージ上でチューニングをし、返ってくる音で判断

という「君たちいつのまに」的結果になりました。

本番では自分以外の音が小さく遠くに聴こえたので最初は吹きづらかった。3曲目からエンジンがかかってきたような(遅い!!)。

個人的には2曲目が悔いの残る出来でした。具体的にはバテが原因のパサパサ唇の影響でプスプスなりだしたこと。3曲目からブレスを深くすることを心掛け何とか持ち直す。疲れが溜まっていたみたい。少々ガッカリ。

本番終了とともにそそくさと会場を後にし、最近指導をしている某校吹奏楽部へ。近々本番を控えているので細かいことより、「それらしく」いくことに重きをおいた。今の学校とは私にしては珍しく長いおつきあいである。弱いパートや欠けている音の確認と補修作業をする。早急に結果を求めないのが私と波長の合う理由のうちの一つだと思う。「コンクールの1週間前や2週間前に難しいところができるように御願いします。」と御発言される先生は決して少数派ではありません。私の場合このような依頼がきても基礎が足らないときにはリクエストに応じないこともある。そんなところが先生方のお気に召さないのだろうか??たいてい短期間で終ることのほうが多いです。そんな中、長続きをしているので本番後ヘロヘロになりながら指導へ。

指導が終わってから、某ウィンドオーケストラ練習。一度バテた唇は簡単には元に戻らない。朝から吹きっ放しなのでしょうがない。他には肋骨周りを中心に疲労感が。

学生時代の合宿を思い出させる、吹きまくりの1日でした。いや、学生の頃はもっと長かった。最近めっきり回復力も衰えだした私でした。

2006年9月22日 (金)

ここ数日は調子が良い

私は金管楽器演奏に向いていない


自分ではそう思っている。そう判断する理由は以下のとおり。


初めて金管楽器を手にしてチューニングのBフラットが「かする」までに2週間。


スロースターター。未だに「ロングトーン」「レミントンウォームアップエクササイズ」「ダブルタンギング」「クロマチックスケール」「トリプルタンギング」をさらう必要がある。


2日吹かないと他人の唇みたい。ましてや「週1」などは想像もできない。学生時代、顧問の先生が「1日休むと取り戻すのに1週間かかる。1週間休むと1ヶ月、1ヶ月休むと1年かかる。」と仰っていたが正に金言である。


上手になるのに費やした日数の何十分の一の時間であっと言う間に下手になる。いやになると同時に、ここまで積上げてきたものが「無」になるのも勿体無いし悔しいので頑張っている。


1年半前までは「毎日」!!!
「ロングトーン」「レミントンウォームアップエクササイズ」「ダブルタンギング」「クロマチックスケール」「トリプルタンギング」
夜になってもサイレントブラスをつけて練習しました。子供が寝ている隣室・襖一枚隔てたところでさらっていた。
1年半前からサボリだしたが、楽器は嘘をつかない。ゆるゆるアンサンブルで満足なプレイができなくなり、大反省。復活してまだ1ヶ月ほど。少し戻ってきたかも?

連休は「ゆるゆるアンサンブル」

楽しみな「ゆるゆるアンサンブル」、初めての人前での演奏をひかえての練習である。練習&演奏予定曲目は下記の通り。

P.デュカス:「ペリのファンファーレ」
R.ワーグナー:楽劇「ローエングリン」より「エルザの大聖堂への入場」
J.ハイドン:オラトリオ「天地創造」より「大いなる御業は成し遂げられた」

ワーグナーのみ6パート、それ以外は4パート。
ファンファーレ以外は何度も練習済み。ファンファーレも知らない年代ではないので、音が寄るのも早い。やはり「共通のイメージ」があるのは強い。
1番の音域が高くない1曲だけ1番を吹くことになりました。その他は上吹きスペシャリストにお委せしました。久しぶりの1番パートになります。

そういえば主として活動している某ウィンドオーケストラ(仮称)ではここ数年、2番又は3番を吹くことが多いです。
週末が楽しみです。

2006年9月13日 (水)

トロンボーンマウスピースに関する私見 その2

★バック6・1/2A
★バック6・1/2AM
 初号機を買うときにもう1本プレゼントセール中で、気軽に吹かせてもらった。私には中途半端な感じがして好きになれませんでした。

★ストーク
 サイズ表記の記憶がありません。バック6・1/2AL「相当」のはず。ものすごく良いMPです。ただものすごく残念なことに私の現有機との相性は良くありませんでした。楽器の型番は同じでしたが、楽器とMPの「相性」を実感させられた経験です。

★シルキー51B
 先輩と醜い取り合いを演じた末に手に入れたMP。エピソードは「その1」を参照して下さい。
 バック6・1/2ALを永らく使ってきたが、音の立上がりが遅いことに悩んでいた(実際指揮者から指摘を受けていた)ところ、カチンとしたエッヂが出せるところにハマッてしまった。あとでホールで吹いたときに気付いたことは、音の飛びがよいところである。「ビューン」と飛んでいく。自分が思う以上に鳴るので吹きすぎになることも増えた。
6ハーフより口径とカップ深さが一回り大きく深く感じ、ハイトーンに慣れるのに苦労した。また音が明るくなり過ぎたことと、ブレイクポイントが早いことで、セクションのみならず指揮者からもクレームがつき2年ほどで6ハーフに戻しました。

2006年9月11日 (月)

トロンボーンマウスピースについての私見 その1

とある楽器店をのぞいたら決算処分セール中。様々な品が税込105円、1050円で売られていた。ついつい衝動買い。以下の品を一品当り税込1050円で手に入れました。
①カップミュート(デニスウィック)
②カップミュート(ニューストンライン)
③ヤマハ48
④ヤマハ51C4
⑤ヤマハ59
⑥ジャルディネリ3GW

③〜⑥はマウスピース。マウスピースを変えないタイプ(自称)と思っているので一度に4本も買うのは初めて。楽器本体付属やおまけで手に入れた以外、すなわちお金を出してMPを買ったのは4回目。
1回目は中学生。お年玉を握りしめて電車を乗り継ぎ隣県都会の楽器店でゲット。
2回目は10年ほど前。MPを選ぶから音を聞いてと先輩に頼まれたのに、先輩が気に入ったMPを懇願して譲ってもらう。同席した第三者の証言によると「あまりにみっともなかった」ので、先輩が諦めるよう誘導してくれたらしい。
3回目は長女が中学入学と同時に吹奏楽部に入り、Tbに決まったとき、「バースデープレゼント」としてMPを選んだとき。「わざわざ」銀座ヤマハまで行きました。

そして、4回目が今回。

では、今回なぜこれらのサイズをゲットしたかを説明します。
③ヤマハ48
 私が中学校でEupを始めたときに吹いたのがこれ。
 後々(大学生の時)調べたら元々「シルキー48」ということを知り、ぜひ手に入れたいと思っていました。というものの、いざ数千円を出すことができず今に至ります。若い人から質問を受けたときに本などからの受け売りで奨めるサイズのうちの一つ。やっとキチンと試すことができる・・・と思いました。

④ヤマハ51C4
 ③から「中学の時」を削除すれば、あとはそのままです。シルキー51Bを2年ほど吹いていたので興味は発売当初からありました。

⑤ジャルディネリ3GW
 10年前だったか20年前だったか記憶が定かではないが、プロの使用MPとして記憶にある。「ブラックアンドヒル」「グレッグブラック」「ストーク」などの名前を聞く前の頃の話です。バック・シルキーしかサイズの見当がつかない人間が訳もわからず値段につられて買いました。

まず、私が使っている&付き合ったことのあるマウスピースについて語ってみます。

★ヤマハ48
 現時点ではスモールシャンクを中学校で吹いた経験しかありません。
 今考えてみると、癖の無い、中庸な、スタンダードなMPで楽器経験をスタートすることができて、導入としてはラッキーだったと思います。もう一度吹いてみたいという思いを長らく感じさせてくれました。

★バック12C
 これもスモールシャンク。先生からは「音が明る過ぎる」と不評でしたが、何でもできると感じさせてくれた魔法のMPです。木菅の譜面をストレスなく吹くことができ、自分が上手になったように感じさせてくれ、気持ちよく吹くことができた良い思い出のあるMP。中学生が試奏するのは珍しい時代に一人隣県大都会へ一人乗り込んでゲットするのは、ものすごい気合いと根性がいりました。「試しに吹かせて下さい。」と言った後は汗だくになって、その後の記憶がありません。使い慣れたヤマハ48を持って行き、吹き比べをしたことは今考えてもGoodだと思います。

この選択を長年「若気の至り」と思っていたが、大学時代にスローカーを「生」で「複数」体験し、彼自身「11C」&中細菅を使っていたことを知り、まんざらでもなかったと思いました。ただ、「11C」を吹いたことはありません。

★コーン7BN
 これもスモールシャンク。高校3年間吹いていたワリには記憶が定かではありません。フラットなリムに違和感を感じたまま終わりました。
 後年(これも大学時代)エモリー・レミントンのウォームアップエクササイズを知り、レミントンを知る。そして「レミントン」タイプのMP画像を見て、これだと思いました。

★デニスウィック4AY
 TbとEupの持ち替えのため使いました。
 当時の私はMPを持ち替えごとに替える&替わることへの抵抗が大きく、MPは替わらない方が良かった。結果は「二兎を追うものは一兎も得ず」
 フラットなリムに合わなかったこともあると思います。

★バック6・1/2AL
 高校時代の一時期・大学時代のほとんど・社会人時代のほとんど(現在進行形)を過ごした。
 「スタンダード」と言い切ることができる。
 他のMPに「浮気」したとしても必ず戻ってくる「母校」みたいなものです。

★バック5G
 絶賛する人が多いのは存じ上げています。しかし、私は良い印象を持ちません。midF以下は良く鳴るのだが、B♭以上は鳴らすことができない。諦めました。ご愛用の方々には大変申し訳ありません。

★バック5GS
 大学時代先輩に奨められたがあえなく退散してしまいました。だって5Gよりもっとキツイんですもの。

続く

2006年9月 7日 (木)

この曲するんだよ

昨晩長女からの報告。

ああ、その楽譜吹いたことある。(メロディをサラッと歌う)と答える私。

「え〜↑、やったことあるの?」驚く長女。

高校の文化祭が楽しくてたまらない長女、まるで小学1年生が話すみたい。

ちなみに話題に上ったこの曲、私の本番で聞いているハズだが?
まぁいいか。

2006年9月 6日 (水)

パート内での

相性というか・・・。
今のところ所属or関係している団体・グループ
「某ウィンドオーケストラ」
「ゆるゆるアンサンブル」
「某大学OBオーケストラ」
「不定期練習のみオーケストラ」


Tbパートの居心地(もちろん私の)の良さは
「ゆるゆる」「OBオケ」「練習オケ」が同列でその次が「ウィンド」。
前者グループは常設ではない、ある意味「一発オケ的」集まり。後者は常設。それでも常設の団体の方が下位に来る理由は2つにまとめることができそう。


1番目:常設団体のTbメンバーのやる気とモチベーションの差。技量の差とそれを埋めようと努力しない人たち。吹奏楽オンリーの人たちとの音楽の方向性の違い。
2番目:1番目の逆になるが、非常設団体の方はパートの役割を理解しているメンバーばかりなので「ムダな」練習をしないで済むし、キチンと合わせにいける。モチベーションも高く参加不参加が確定しないなんてことはない。「PJBE」「パリトロ」「ベッケ」「アレッシ」その他共通の指標があるのもイイ!!

2006年9月 5日 (火)

吹奏楽部保護者会に行ってきました

二女の所属する中学校吹奏楽部保護者会に行ってきました。

役員決定が主な議題ですが、前もって根回し済みなので基本的には承認することだけで、すぐ終わった。

あとは、お母様方から子供の様子・楽器のことについて少々ご意見がでた。

やはりしっくりこないのは顧問の先生。別に嫌いなわけでもないし、一生懸命面倒見ていただいているのはよく承知しているのだが、管楽器打楽器の合奏指導に慣れていらっしゃらなくて、「???」の場面によく出くわす。

コンクール当日練習では、せっかくの早朝からの体育館練習もパート練習に40分、パート練習前に40分お話。当日に話すことではないことを延々お話しされるのには参った。体育館の後から覗かせてもらったが、唖然としてしまった。楽器から音が出だしたときには気温が上がってしまい、ピッチも厳しいパートが出てしまっていた。

先生が違えばその先生なりのやり方があると思っているのであるが、我々管楽器奏者から言わせると「ありえない」ことが多い時間だったし、個人個人の資質が高い子供達がかなりのレベルまでたどり着いているだけに、「あと一息」を整える機会がなかったことがかわいそうだった。良いサウンドをやっと手に入れたのに、変な音がしてしまう瞬間がもったいない。

保護者会後に届いたコンクールビデオを見てその思いは更に強くなった。2ヶ月前から進歩していないし、4ヶ月前の方が良いではないか。「あ~っ、もったいない。」「それはちょっと…。」「Per大きすぎ。」を連発してしまい、最後に「かわいそうに。」とまで言ってしまったトロンボーンオヤジでした。娘の目の前で言ってしまいました。

突然のパート変更

「ゆるゆるアンサンブル(仮称)」で慣れているとはいえ、

大編成吹奏楽(90人編成)で

Tbは一人一パート、

しかも、1曲だけとはいえ不出場メンバーの穴埋めとして1番パートを吹くことが決まった。この1曲というのが今年のコンクールの自由曲である。他の人は慣れているのだが、私は1番パートは演奏したことはない。

練習回数も当然少ないわけで、厳しい。

けど、頑張ってみます。

2006年9月 3日 (日)

ゆるゆるアンサンブル

Tb6で練習をしました。

定期的に活動しているわけではない

メンバーは固定していない

バストロ以外のパートはその場で決まる

初見で最後までいくのが普通

練習するだけで満足する、よって人前で演奏することはあまりない

今日はそんな「ゆるゆる」アンサンブルの練習。初めての「音楽ホール」での本番を前にした練習であるが、練習だけは8年ほど重ねているので仕上がりは早い。音楽的に共通の演奏やイメージがあるのもいいところ。

この絶妙なユルさがあるからこそ続いている。大切にしたいものだ。

2006年9月 1日 (金)

重い病

私の身の回り(知人)でここ最近よく聞く。

今日も一人「重病」と聞いた。今年に入って4人目。4人とも私より年下なので私も動揺する。

昨年は同僚、

一昨年は母……

その前は叔母

その前は同年代の音楽仲間

父も

呑み友達だったオヤジも

叔父も

祖父母も

私から人を奪うのは……、本当に………、かんべんして。

スウィングするべ

コンクール支部大会も終わり、初の練習。

曲はジャズを2曲。学生時代、学園祭限定でビックバンドをやっていたので感覚はすぐ戻ってきた。

苦戦しているメンバーもいる。8分音符のつながりを同じ長さでやってしまうのが一番多い。打ち込み・おかずを躊躇する。音の立ち上がりが鈍くしかも音の終わりが長い。細かいことより「ノリ」でいけば楽しいのに。

8分音符が続いて出てきたときの感じ方

音の立ち上がりと音の処理、響きを残すときと残さないとき

打ち込みは躊躇せず「イク」

トロンボーンに限定すれば…

高音域での加線、通称「電信柱」。線が多すぎると何の音だか瞬時にわからない。慣れの問題だが。

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